発達障害について

わざと悪いことをする原因

我が家の次男ミッキーは、自閉症スペクトラムとADHDの発達障害があります。

ミッキーはよく、「わざと悪いことをして」しまいます。

相手の反応を見るため、試し行動と呼ばれる行為だと思われます。だいたい、新しい場所に通い始めると、初めは借りてきた猫のようにおとなしく(固まっている)、少し慣れてくると相手を試すようにわざと悪いことをし、反応を見て信用に足る人物だと判定すると懐きます。

いたずらを通してコミュニケーションを図っている、と言えばわかりやすいでしょうか。

やられるほうは、たまったもんじゃありませんけど、まあそういう面はどの子にもあるかと思います。

ただ、年齢を重ねていくにつけ、「本当にやってはいけないこと」はやらないし、試すにしても「加減をしながら」やるものですが、ミッキーはその「微妙なさじ加減」が苦手です。

まず物理的な力加減が苦手で、ボール投げなどの運動も下手だし、鬼ごっこでタッチするときもけっこうな痛さで叩いてしまいます(興奮するととくに)。

さらに、社会的なコミュニケーションのさじ加減は、自閉症スペクトラムの人にとって、もっとも苦手な分野です。「友達になりたいから」、「友達の消しゴムを取って逃げたり」してしまうのですが、それをやると友達から嫌がられるという想像が、できません。

一つずつ丁寧に「それはいけないこと」「それをやったら、友達になれない」と諭していきますが、応用が効かないので、本当に一対一で一個ずつ言わないといけない感じです。なかなか適正なコミュニケーションや、人との距離がはかれません。


ですが、夏休みに特別支援学校の夏期集中講座に参加して、
→(「夏期集中講座への参加」)

言語聴覚士の先生が講座で

「自己肯定感が低いと、わざと悪いことをして気を引こうとする」

と話しており、「なるほど」と思いました。なんか、思い当たることありまくりで。

例えば、家庭ではわざと悪いことをする場面というのは、そんなに多くないんですよ。療育先でも通い始めはやるんですが、1ヶ月もするとスッと落ち着きます。でも幼稚園では結局、2年間通っても問題行動が収まりませんでした。

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なぜあんなに、幼稚園では悪いことばかりするのか不思議でした。「手が届くところに危ないものを置かない」や「見通しがつくように伝え方を工夫する」などの環境調整をお願いしたり、「叱るとよけいに悪いことをする」「叱るときはわかりやすく簡潔に」などの対応を話し合ったり、通級先の先生が指導に来てくれたりと、いろいろ動きはしましたが、あまり効果はありませんでした。

とくに行事前になると幼稚園の門が見えた瞬間からスイッチが入ってしまい、「きゃー」と自分でも興奮が止められなくなり、走り回っていろいろやらかしてしまう、というパターンでした。どうすればそのスイッチを防げるのかわからず、通級先の先生や療育センターの先生ともいろいろ相談しましたが「様子を見よう」で、結局2年間過ぎてしまいました。

でも、小学校に入ったらスッと落ち着いたんですよ。卒園式ではほとんど中にいられなかったのに、入学式では1時間近く座っていました。別人です。時折ウロウロしますが授業も座って受けていますし、幼稚園では絶対にやらなかった合唱や合奏、ダンスの練習にも積極的に入っているそうです。

ミッキーなりに「1年生になったら」という決意があったのでしょうし、私も切り替えるならこのタイミングしかないと思い、「1年生はそんなことしないよ」と折にふれて言い聞かせもしました。

でも一番大きな原因は、「幼稚園で自己肯定感が育たなかった」せいなのだと思います。
幼稚園では「無理して入らなくてもいいですよ」という、優しい排除が日常でした。

小学校では、できるところは入るものだという前提ですべてが動きます。できるように特別に支援をする、それが特別支援教育だという考えが先生方の間に一貫しています。

根底に流れる意識だけで、子供にこれだけ差が出るということを、まざまざと見ました。


幼稚園では先生方の対応も、よくなかったな~と感じます。

なぜか、幼稚園は口頭の指示にこだわっていたし(就学後に困るでしょうと言われました)。絵カードやホワイトボードを、もっと使ってあげればよかったのにと心から思います。1年生の授業だって、先生はきちんと黒板に書いたり実物を見せたりして、視覚的にもわかりやすいように工夫されています。それが、普通です。

また、幼稚園ではミッキーがひっくり返した物は、危ないからと先生がすぐに片付けていました。ミッキーも一応お手伝いはしているのですが、ほとんどやっていなくてもいつの間にか片付いてしまいます。これも、何度か「自分でさせてください」と伝えましたが「無理でしょう」と返されました。

小学校では、自分がひっくり返した物は、何時間かかっても自分で後片付けしないと、次の活動にいけません。これ、非常に大切なことです。自宅でもそうしています。
1学期は何度もそれで、ミッキーは「図工やりたい!」と大泣きして、帰宅後も荒れて大変でしたが、2ヶ月ほどでひっくり返さなくなりました。付き合ってくださった先生には、本当に頭が下がります。

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「ひっくり返したらいけない」と毅然と伝えながらも、「がんばって片付けよう」と隣で励ましてくださいました。自分のやったことの結果をきちんと見せる、自分にできるやり方で責任を取らせる。全て自分でやり遂げたからこそ、理解したのだと思います。

当たり前のことを、丁寧に教えてあげる。

発達障害があろうとなかろうと、子供を育てるために必要なことです。自閉症スペクトラムでなかなか社会のルールが理解できないからこそ、より丁寧に教えてあげなければなりません。

そして、自己肯定感が育たなければ、問題行動は収まらない。口先だけの優しさではなく、もっと根底の部分で子供を信じる。それが伝われば、必ず子供は変わります。

何度言ってもわかってもらえずイライラしますが、徒労感に苛まれることも多いですが、それでも、愛を持って教えなければならないのだと、でなければ絶対に身につかないのだと、自戒をこめて。

点と線の記憶

自閉症の人は、記憶が線でつながらず、点でしか記憶できないと本で読んだことがあります。

自閉症の僕が跳びはねる理由 (角川文庫)
東田 直樹
KADOKAWA/角川学芸出版
2016-06-18


自閉症の僕が跳びはねる理由 (2) (角川文庫)
東田 直樹
KADOKAWA/角川学芸出版
2016-06-18





それは、どういうことなのか。想像してみました。

例えば、私は筋金入りの方向音痴なのですが (^_^;) 、迷子になったことは数しれず、遠足先で、家族でのお出かけで、友達との遊び中に、昔から待ち合わせ場所にたどり着けないことはしょっちゅうです。ナビやグーグルマップなどの便利な機能と、周囲の暖かい支援というか諦めのおかげで、何とかやれています。

以前、友人と話していて
「鳥瞰図みたいに、地図上を歩くイメージにしたら、迷わないんじゃない?」
と言われて、仰天しました。

「え?そんなことできる人がいるの??」
って感じで (^_^;)

そう。私は、地図が読めません。
場所の把握は、もっぱら目印で覚えています。

なもんで、同じ目印があると

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道を誤認識してしまいます。
また、夜で暗いとか、雨が降っていて見えにくいとか、反対側から帰ってくるとか、ささいな変化でよくわからなくなってしまいます。

さすがに、日常的によく使う道は覚えているのですが、たまにしか通らない道とか、車線が多くてややこしい道だと、しょっちゅう曲がる場所を間違えます ( ;∀;)

地図ではなく、目印と景色でしか記憶していないので、それを忘れると道がわからなくなります。

自閉症スペクトラムの人々が、記憶が線でつながらずに点で存在している、というのは、こういうことなんだろうなと思います。頭の中で道がつながらず、要所要所の目印でしか、状況が把握できないのではないでしょうか。

私にとって方向音痴は、まあ不便ですが、それ以外の能力で(困ったら人に聞くとか、ナビを使いこなすとか)何とかカバーできるレベルです。また、家事や勉強など、方向以外は特に問題なくスムーズにできます。

ですが、自閉症スペクトラムの人々は、日常的な全てのシーンで記憶が点でしか存在せず、「あれ、これはどうやるんだっけ?」「これは前にも見たから、前と同じ(応用が効かない)」と、どうすればいいのかがわからなくなってしまう上に、コミュニケーションが苦手なため、なかなか人に聞けません。

どれだけ、大変かと思います。

目で見える形に整理してあげる(視覚支援)や、見通しがつきやすいように整理してあげる(構造化)など、自閉症スペクトラムの人に合った支援が、必要となります。

そして、「わからなくなったら人に聞く」「できないところは手伝ってもらう」ように、根気強く教えていくしかないのでしょう。(← ミッキーが一番苦手な部分 (^_^;))

発達障害の子供が増えている原因

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発達障害の子供は、増えていると言われています。
発達障害で「通級指導」を受けている子供は9万人以上おり、この20年で約7倍になったというデータもあります。

その原因ははっきりしていませんが、一つは、社会が排他的になり、以前は障害ではなく個性としてとらえられていた子供たちが、生きにくさを抱えているため。

また、発達障害という言葉が一般に知られてきたおかげで、親や保育者が子供の気になる様子に気づきやすくなり、診断がつきやすくなったためと言われています。

でも、私はそれだけではなく、生活様式の変化も大きいのではないかと感じます。それは感覚統合訓練を受けることで飛躍的に伸びたミッキーを見ていて、療育を受けなかったらどうなっていたかと思うせいです。

→(「感覚統合ってなに?」)

最近の子供は体幹が弱いとよく言われます。それは外で遊ぶことが減った、ボール遊びをしなくなった、便利な機器が多く発明され、生活のための動きが減ったことなど、生活習慣の変化が大きな原因です。

ゲームが出てきて、子供が外で遊ばなくなった。本を読まなくなった。友達と遊ばなくなった。さらには自由に遊べる公園が減った、少子化で近所に子供がいない、子供を狙った犯罪などの安全上の問題など、数え上げればきりがないくらい、子供をめぐる環境は時代とともに変化しています。

幼稚園でも、「最近の子は蛇口のひねり方から教えないと、水も出せません。自動水栓のお家が増えてきて、水道の前で手を出して待っている子も多いんです」なんて、笑えない話を聞きます。昔は、日常的に様々な動作をしなければ、生きていけませんでした。トイレだって、洋式よりも和式のほうが足腰を使いますもんね。掃除でも、ほうきの使い方や雑巾の絞り方など、以前は家庭で身についていたことが、意識的に教えなければできない子供達が増えたのです。

地域や大家族で育った昔は、社会性が今よりも発達しやすかったはずです。例えば、食事中の会話でも、母子で一対一でしか喋ったことがない子供は、人の会話を聞く、自分の会話の番まで待つ、多くの会話の中から必要な声を聞き取るなど、双方向性のある会話のスキルが身につきにくいです。

一概に昔がよかったとは、言えませんよ。
昔は学校に行けない子供も多かったし、家の手伝いで遊ぶ暇もなかったかもしれないし、医療の進化のおかげで、お産でも病気でも死ぬ子供は劇的に減りました。

それでも児童精神科医の佐々木正美先生も著書で書いているように、子供の遊びや生活をめぐる環境は、時代とともに悪化していると言わざるとえないと思います。子供同士で生き生きと遊べない、そんな子供が大人になったら、やはり精神症を発症しやすくなると書かれています。遊びが減ったこと。生活が様変わりしたこと。これが、発達障害の子供が増えている一番大きな原因ではないかと思います。

私も子供の頃の思い出と言ったらとにかく、いたずらも含めて、友達と毎日暗くなるまで遊び歩いたことばかりです。ブランコも砂場もジャングルジムも木登りも、やりたい放題でした。怪我もたくさんしたけれど、友達と山のように遊んだ記憶が、今の自分の核にあります。

今の子供たちは、もうそんな遊び方ができなくなっています。

虐待やいじめ、不登校やひきこもり、子供をめぐる問題は複雑化深刻化し、どこかで抜本的に改革しなければいけないはずなのに、もう無理かもしれないとも、どこかで思います。

社会が病んでいる。
子育てをしていて、一度も感じない親はいないのではないでしょうか?

電車の中で子供が泣いたら・・・病院で子供が泣いたら・・・お店で子供がぐずったら・・・そんなシーンは子育てをしていれば日常的にありますが、その親子に対する冷たい視線や心無い対応は、増えているのが現実です。発達障害のある子供には、その数十倍の圧力がかかります。大人がそうなのですから、子供社会でも同じです。違う人、違う存在に対する排外的な感情が、社会にあふれかえっています。

次男ミッキーも些細なことで泣いたり暴れたりするので、公園ではすでに「違う子」認定されて、仲間に入れてもらえません。私も一緒に遊ぶことで、かろうじてその場にはいれますが、たぶんミッキーは楽しくないでしょうね。でも、なんとか、友達と遊ぶ楽しさを教えてあげたい。友達と群れて遊ぶ中から学ぶたくさんのことを、ミッキーにもどうか味わってほしい。切に願います。

発達障害の子供たちは、社会性が育ちにくい特性の上に、友達と関わる機会そのものが少ないため、伸ばすことができないというダブルの壁が立ちはだかります。本当なら発達障害がある子供こそ、友達とたくさん遊ぶ経験をさせなければいけないのだと思います。

さらには、眼の動きや身体の使い方、バランス感覚といった、学力や社会性に一見関係のなさそうな部分が、実はとても大きく生活全般に関わっていて、そこが弱い子供は遊び中心の子供社会でやっていけない=社会性が育たないのだと思います。私も療育先で教えてもらうまで、身体の発達と心の発達がそこまで密接に結びついているという意識がありませんでした。

昔は、グレーゾーンの子も友達と外で走り回って遊ぶうちに、体幹や眼の動き、身体の動き全般がバランスよく伸びていき、そのうちそれ以外も凹凸が気にならなくなるくらい周りに追いつくのに対して、今では、ついていけない子はいつまでもついていけずに差は広がるばかりで、ついに「障害」と認定されてしまうような、そんな気がします。

過敏だったり鈍かったり、どうしても他の子と感覚が違う子は昔からいたと思います。社会性や言葉が伸びにくい、身に付きにくい子の割合は、実はあまり変わらないのではないでしょうか。漫画家の水木しげるも4歳まで話せずに、知恵遅れだと思われていたと自伝で書いています。それでもそんな彼の個性を周囲は受け入れ、「ゲゲゲの鬼太郎」などの名作を生み出すことができました。

最近は逆に、自閉症やADHDなど、発達障害のことが広く知られてきたからこそ、小さい頃から特徴的な行動をしていないか、親も保育者も必死に確認してしまっているようにも感じます。ブログを書いていても、「言葉の遅れ」や「自閉症特徴」などのキーワードで検索して来られる方は多いし、きっと必死で子供のことを理解しよう、どうにかしてあげたいという気持ちからなのだと思います。
自閉症スペクトラムやADHD、LDなど、子供によって個性は千差万別ですが、共通する特性に対して正しい接し方を心がけることで、子供も周囲の大人もぐっと生きやすくなるのですから、専門的な療育やペアレントトレーニングを受けることは大切だと思います。なぜ他の子と同じようにできないのかを、叱って育てるのではなくて、理解して寄りそって育ててあげることで、その子の人生は豊かで幸せなものになるはずです。

でも本当なら、発達障害があろうとなかろうと、子供の個性は一人一人違うものだし、違っていいはずです。その違いを認められない方向に、社会が向いているような気がしてなりません。そんな現代の社会で自分らしく生きていくためには、「障害」という看板を背負わなくてはいけないのかと思ってしまいます。とくにグレーゾーンの子供たちは。

そして、これからもっと、発達障害と言われる子供は増えていくと思います。
スマートフォンが出始めて、そう感じます。

スマホの害は、私はとても大きいと思う。長男ゲンキを育てていた頃には、スマホはまだ一部の人しか使っていなかったのに、今ではみんなが持っています。お母さんもお父さんも、空き時間はずっとスマホをいじっています。みんながみんなそうではないけれど、そういう親が増えているのは事実です。便利だし、つい見てしまうんですよ。気持ちは、よくわかります。
LINEやSNSで、ママ友同士の結びつきは強くなったかもしれないし、集まって子供を遊ばせやすくなったかもしれませんが、子供がぐずったらすぐにスマホのゲームをやらせて、自分たちはおしゃべりに夢中で、子供の要求には気づきません。

そうして育った子供は、どんな子になるのだろうかと思います。

もっと幼少時に適切に関わっていれば、何とか育ったかもしれない子供たちが、これからどんどんグレーゾーンで診断を取りにくるのではないかと危惧します。そうしてそのうち、定型発達児と発達障害児の割合が逆転したりしてね。それはそれで、面白いかもしれません。私たちの当たり前が、根底から覆る日が来るのかもしれません。それはきっと、子供たちからの「逆襲」なのでしょう。



精神科医の佐々木正美先生の、おすすめ著書。子供を育てるすべての人へ、読んでほしい1冊です。

この人のうっかりは、直るんだろうか・・・

我が家の長男ゲンキは、ただいま9歳。

幼少期はこだわりの強い超ゴーイングマイウェイBOYで大変でしたが(今もマイペースは変わらず)、やっとちょっとしっかりしてきたというか、少しは安心して放っておけるようになってきました。

3年生でベテランの先生に見てもらえたおかげで、見違えるようにしっかりしました。

→(「ゲンキ小学生 忘れ物が多いけど図工が大好き」)
→(「ゲンキ2年生 授業中にじっとしていられない」)
→(「グレーゾーンの子への配慮は、どうやってお願いすればいい?」)

が、直らないうっかり

ゲンキも自閉症スペクトラムとADHDの要素を持つグレーゾーンBOYだと感じますが、こだわりはずいぶん折り合えるようになってきたのに、うっかりや不注意は相変わらず・・・(^_^;)

ADHDの中でも、衝動性はなく不注意の強いタイプ、ADD(注意欠陥障害)かな~と思います。

例えば、どれだけ言い聞かせても、留守番で出かける時に鍵をかけ忘れます・・・

何回注意しても、手を洗う時に袖をまくりません・・・

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トイレも、便座を上げてするよう何度言っても、しょっちゅう忘れます・・・

失くした文房具は数知れず・・・

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毎朝、登校前に忘れ物チェックをするのですが、3日に1回は何かしら足りません・・・

気温に鈍く、よく気候にちぐはぐな服で出かけようとします・・・

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姿勢も悪いし、食事中もよくフリーズしています・・・

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と思ったら、突拍子もなく「コレステロールは、肝臓で胆汁を~」とか喋りだします・・・(旦那さんの健康診断の話題が出た時 (^_^;)


小学校でも高学年の仲間入りをし、校外学習や下級生のお世話係をやることも増え、周りの子見てると、本当にしっかりしてきたな~と感じるので、ゲンキってば、大丈夫なの?って思っちゃいます。

なんか、この人のうっかりは、いつか、直るんだろうか・・・(^_^;)

直る気がしねーな・・・大人のADHDの人の手記とか読むと、大人になっても忘れ物は減らないってよく書いてあるし、ゲンキを見ていると、そうだろうなと思います。




通級先の先生には
「う~ん、少なくとも、高校卒業までは、見てあげてくださいね」
と言われました。

高校生になっても、毎朝、忘れ物チェックするのか・・・(;´д`)トホホ…

チェックリストの作り方、使い方を、教える時期にきてるのかもしれません。旦那さんもうっかりが激しい人なのですが、スマホのグーグルカレンダーに予定を詳細に書き込んで、通知が来るようにして何とかしのいでいます。

ゲンキも中学に入ったら、スマホ要るかもな・・・でも、絶対なくすと思うんだよね。落とすか忘れるか・・・あと怖いのが、仕組みが気になって分解とか・・・(初めて買い与えた腕時計は分解された)

まあ、それでも少しずつ成長しているから。ぎりぎり、マイペースな人、という感じでやっていけそうです(ほんまにぎりぎりやけど)(^_^;)

友達が欲しい

我が家の次男ミッキーは、自閉症スペクトラムとADHDの発達障害があります。

4月から、地域の公立小学校の特別支援学級へ入学しました。学校へは覚悟していたよりもスムーズに慣れ、4月5月は疲れも見られましたが、6月に入ると落ち着いて通えるようになりました。

ですが、まだまだ難しい「友達」・・・

ミッキーはよく「友達ができたら」「友達と何何したい」と、仮定の話をしていますが、そうです。友達と言えるほど親しい子は、いません。幼稚園時代も、小学校に入ってからも、友達はできません。

一時期、友達を作ってあげたいなと私が張り切って、公園で近所の子に入れようと必死にがんばったことがあったのですが、どうしても難しかった。そもそも、子供同士で喋れなかった。ミッキーは話しかけられても気づかないことも多く、タイミングが合わなければ意思疎通もできません。自分の言いたいことをまずは言ってしまわないと気がすまないので(これは今もそう)、会話が成り立ちません。

他の子が何をやっているのかも理解出来ないし、どんどん変わっていく遊びのテンポにもついていけません。何をしたらいいのかわからず、どんどん不安感がつのり、撃沈するパターンがほとんどでした。

公園でもささいなことで泣き叫び、大暴れし、ドン引きされ、こりゃ逆効果だわな~ということで、しばらく放課後も療育を中心にしていたのですが、やっぱり小学生になると、ミッキー自身も「友達が欲しい」と感じるようになってきたようです。

とはいえ、まだ学校の行き帰りで同じクラスの子にあっても、頑なに私としか喋ろうとしないし、クラスでも手伝ってくれる子や上級生にもガン無視です。

あんた、ほんまに友達ほしいんかいな・・・

という感じですが、なかなか本心と行動が伴いません。どうすれば友達になれるのか・・・これは本当に教えるのが難しいです。

友達になりたいなら、相手が喜ぶことをする。それはあいさつだったり、きちんとお礼を言うことだったり、困っている時に助け合えることだったり、一つ一つ説明すれば理解はできるのですが、いざその場になると、身体が反応できません。気持ちの切り替えが、本当に下手ですね。

でも、長男ゲンキもマイペースな人で、小学校2年生くらいまでは1人で砂いじりをしていることが多かったらしく、様子を聞いて心配して、懇談会で先生にも相談して、先生も心配して遊びに誘ってくれたりしたのですが、

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それが逆効果だったようで、情緒不安定になってしまった時期がありました。無理に入ってみたものの、遊びのルールにこだわりすぎて、友達ともめることが増え、帰ってくるなり泣きじゃくる日もあり、通級で相談すると

「ほっとき。1人の時間も必要なのよ。別に、1人でいたっていいのよ。しんどい思いしてまで、友達と遊ぶことないよ。充電して、がんばれるために自由時間があるんだから」

と言われ、悟りました。

ゲンキも今では、同じようなマイペースな子といつも一緒にいて、休みの日も仲良くまったりと遊んでいます。

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友達は、無理に作るものではないということですね。いつか、自分に合う子に出会える。人と無理に付き合うのは、自閉症スペクトラムの子には不可能でしょう。友達がたくさんいる = いいこと、ではないと親も悟る必要があります。

ミッキーも、少しずつ人との距離がわかってきたようで、支援級の他の子とちらほらお喋りするようになってきました。まだまだ健常の子と混じるのは難しいですが、5年後でも、10年後でも、一緒にいて安心できる友達が、できていたらいいなと思います。

profile

筆者:nontan
男の子3人を育てています。
長男ゲンキ(2009年生)
こだわりの強いグレーゾーンBOY
+アトピー&卵アレルギー

次男ミッキー(2012年生)
ASD+ADHDのハイブリッドBOY
+ぜんそく&卵エビカニアレルギー

三男ユウキ(2015年生)
今のところ普通に見えるけれど…アレルギーなし

出産前は書店勤務&JPIC読書アドバイザーとして活動していました。子育てが一段落したら、読み聞かせ活動を再開したいです!
はじめての方は、こちらの記事をまずお読みください。

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