発達障害

他害への対応③ 振り返り

我が家の次男ミッキーは、言葉の遅れと多動があり、3歳から療育に通い、5歳で自閉症スペクトラムとADHDの診断がつきました。

今、小学校1年生で特別支援学級へ通っています。

ミッキーについて、一番困っているのが、やはり他害行動です。気に入らないことがあると暴れたり、人や物に当たってしまいます。物心ついた頃から他害をなくしたいと取り組み続け・・・今も頻度は減りましたが、なかなかゼロになりません。

それでも、以前は訳もわからずめちゃくちゃやっていたのが、最近はいけないとわかって自分で手を止めようとしたり、やってしまった後に「こうすればよかった」と反省する姿が見られるようになりました。

ここにくるまでが・・・長かった。

他害などの問題行動を修正する時に、この「振り返り」ができるかどうかは大きなポイントです。発達障害があるとワーキングメモリーと呼ばれる記憶が弱い子供が多く、また「線でつながっておらず点で存在している」と表現されるように、記憶の仕方が私達と異なっているようで、何度言われても覚えていられず、物事を忘れてしまいます。

ミッキーも、「今日は何したの?」などの質問に答えられるようになってきたのは、ようやく幼稚園の年長の頃で、それまでは聞いても「???」という感じでポカンとしていました。だんだん楽しかったことや印象的なことを話せるようになって「今日は楽器やったよ」と言えるようになった時は、とてもうれしかったです。

それでも幼稚園で先生に「今日は、こんなことやあんなことをしてしまいました」と言われ、本人にも確認しますが、真顔で「知らない」と言うこともしょっちゅうでした。ふざけているのでもなく、反抗して答えないのでもなく、マジで覚えていないんです。

今では、大まかな出来事はかなり覚えていられるようになってきました。誰かに暴力をふるってしまって先生と話をしたら、それを覚えていられて、家で私にも自分から話ができるようになってきたのです。これは、大きな成長です。

覚えていられるようになって、ようやく自らの行動の振り返りができるようになります。

これをしたらいけない。こういう時は、どうすればよかったんだっけ。こうしましょうって約束したな。これはこうしたら上手くいく。

そういうこれまでの経験が蓄積できるようになると、問題行動も直っていきます。覚えていられないと、蓄積ができません。いつまでたっても、同じことをくり返してしまいます。

そして、より効果的にするために行っているのが、トークンシステムです。

トークンシステム、トークン制とは、わかりやすく言うと「がんばったらご褒美がもらえる」制度のことです。

→(「トークンシステムってなに?」)

4歳頃に始め、その頃は自分の腕を噛む自傷行動に悩まされていたので、まずは「噛まなかったら」シールが貼れる台紙を作り、4ヶ月ほどで自傷行動を直すことができました。

次は暴力を直したい!と、目標を「誰も叩かなかったら」シールが貼れるように変更しましたが、これができませんでした・・・

とくに家庭よりも刺激の多い幼稚園で、誰も叩かずに、何もひっくり返さずに、1日過ごすことができなかったのです。シールが貼れない日が続くと、ミッキーのモチベーションも下がってしまい、台紙もまっさらなまま・・・

通級の先生とも相談し、「それはまだ難しい」ということで、目標を「あいさつができたら」や「列に並べたら」などの、より取り組みやすいものに変更し、続けてきました。

さて、いよいよ小学校に入学し、幼稚園では教室になかなか入れなかったミッキーが、すんなりと馴染んで活動に参加できている様子を見て、これならできるんじゃないかと感じました。

いよいよトークンの目標を「誰も叩かなかったら」に変えます。

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バツから花丸まで評価があり、毎日の様子から本人とも話し合いつつ、丸をつけていっています。手を出したら、問答無用でバツです。誰も叩かずに学校から帰ってこれたら丸、家でも誰も叩かなかったら二重丸、さらにお手伝いなどのよいことができたら、花丸です。手は出さなかったけれど、暴れたり約束を破った日は三角です。

花丸の日は、おやつもデザートも、好きなものを食べられます。バツの日はテレビが見れず、早くに寝なければいけません。

今は支援級に在籍していることもあり、学校での様子を連絡帳で細かく教えて頂けます。とくに、暴れたり他の子に暴力をふるったことは、必ず伝えてほしいと頼んであります。

やってしまったことを学校で先生と話をして、さらに家庭でも同じように話をすることで、より定着させることができます。「それはやってはいけない。こうすればよかった」と、先生からも私からも同じ話を聞くことで、どこでも同じだとミッキーに強く伝わります。

ですが、ここで、話をするだけよりも、目に「バツ」と見せるほうが、ミッキーへ定着しやすいのです。これは、視覚優位、見えるものしか理解できないという、自閉症スペクトラムの特性によるものと思います。本当に、約束でも何でも、紙に書くとすんなり入るものが、耳からはどれだけ話をしても残らない・・・

見える形に残すようにして、徐々にバツが減って、丸を増やしていけるようになりました。カレンダー大好きなので、花丸にこだわってがんばっています。このまま、他害がゼロになってほしい。本当に、手を出さずに過ごせるようになったら、もっといろいろなことが楽しめるようになるのに。

それを、ミッキー本人にも、どうかわかってほしい。

他害行動について

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子供の発達に関するブログを細々と続けていますが、反応が大きい「他害」について、一度まとめてみたいと思っていました。

とはいえ、我が家のはちゃめちゃBOY、次男ミッキーもまだ「他害」に関しては道半ばというか、頻度はかなり減りましたが、それでもゼロになったとは言えないため、参考意見程度にしていただければと思います。

「他害行動」「他害行為」とは、「他の人や物を傷つける行為」として分類されています。どんな子供も、つい手が出てしまうことはよくありますし、ケンカをして成長していくという面もありますが、発達障害のある子供たちは手が出る頻度がやはり多く、また何度注意されても直らない、抑えがきかないという特徴があります。

とくに、コミュニケーションに問題があったり、人の気持ちを想像することが苦手な自閉症スペクトラムの子や、衝動的で感情の制御が苦手なADHDの子どもたちは、「手が出てしまう」問題を抱えがちです。

さらに、感覚の過敏さを抱えている子供は、他の人は気にならない程度の体のふれあいだけでも、殴られたように感じてやり返してしまったり、人混みのざわめきが耐え難いほど苦痛で暴れてしまったりしてしまいます。これは本人にもどうにもならない辛さなので、叱ったからやむものではありません。人混みには連れて行かないなどの環境調整や、あとはどうにか、時間をかけて刺激に慣れてもらうしかありません。

我が家の次男ミッキーは、自閉症スペクトラムとADHDの診断がついており、聴覚や触覚、味覚の過敏さがあります。衝動性と他害に悩み、6歳から衝動性を抑える薬「ストラテラ」を服用しています。

→(「衝動性を抑えるADHDの薬3種類」)
→(「いよいよ服薬のスタート」)
→(「ストラテラを飲み始めて1ヶ月」)

彼の生育歴は過去記事からご覧いただけますが、

→(「ミッキー4ヶ月 反り返り&みぶるい発作で受診」)
→(「ミッキー1歳半 こんなに悪い子見たことない」)
→(「ミッキー2歳4ヶ月 下が生まれて喋らなくなる」)
→(「ミッキー3歳 家で育てるのはもう限界 市の発達相談に」)
→(「ミッキー4歳 幼稚園へ向けて療育のスタート」)

ミッキーは物心ついた頃から、とにかく、物を壊しまくる人でした。歩くより先に、食器を割っていたような人です。おもちゃ箱も引出しも全出しなので、台所はガチガチにガードして、ゴミ箱も米びつも家電も、ドアも引き出しも、とにかく触れないように鍵をつけたり場所を替えたりと、いたちごっこを続けてきました。

お店に行くと、棚の物を片っ端から出してしまうので、買い物にも行けない・・・三男ユウキを抱っこして、ミッキーをベビーカーに固定して、棚に手が届かない通路の真ん中に置いて、要るものだけ急いでカゴに入れて・・・みたいな生活をしていました。

療育に通いだして、やや落ち着き始めたのですが、年中から入園した幼稚園ではまあ、手が出るわ手が出るわで・・・相当、悩みました。

2歳半~4歳頃に自傷行動があったので、入園までにそっちをやめさせたいと一生懸命で、他害についてはほぼ聞かなかったのですが・・・

→(「自傷行動ってなに?」)

療育先では、先生が止めてくれていたのでしょう。幼稚園ではどうしても手が足らず、目も行き届かず、人も物も多い中で、ミッキーの他害行為が顕著になりました。

3歳の頃、まだ話さないミッキーを前に
「喋れるようにさえなってくれれば、他には何も望まない」
と思いつめていた私が、

「他の子に手を出すのをやめてさえくれれば、他には何も望まない」
と思いつめるようになりました。

幼稚園と併用して療育や通級に通い、粘り強く対応を続けてはきましたが、どこに行っても親子で辛いだけ、もういっそ、家に引きこもってどこにも行きたくないと心底思っていました。(今もたまに思う)

今、小学校1年生(特別支援学級在籍)ですが、この数ヶ月ほど、ようやく他害がやめられそうな気配が出てきたので、これまでの対応や、それに対しての彼の反応、効果などをまとめます。

子供の他害に悩んでおられる方、本当に辛いと思います。きっといつかやめられます。いや、やめさせなければいけません。それでも、時間がかかることを知っておいてください。

できるだけ、親も止められる小さいうちにやめさせておかなければ、大きくなってしまうと本当に危ないので、長い目で見つつも、毅然と対応することをおすすめします。「いけない」と一貫して伝え続け、周囲がぶれなければ、子供はいつか必ず理解してくれます。

わざと悪いことをする原因

我が家の次男ミッキーは、自閉症スペクトラムとADHDの発達障害があります。

ミッキーはよく、「わざと悪いことをして」しまいます。

相手の反応を見るため、試し行動と呼ばれる行為だと思われます。だいたい、新しい場所に通い始めると、初めは借りてきた猫のようにおとなしく(固まっている)、少し慣れてくると相手を試すようにわざと悪いことをし、反応を見て信用に足る人物だと判定すると懐きます。

いたずらを通してコミュニケーションを図っている、と言えばわかりやすいでしょうか。

やられるほうは、たまったもんじゃありませんけど、まあそういう面はどの子にもあるかと思います。

ただ、年齢を重ねていくにつけ、「本当にやってはいけないこと」はやらないし、試すにしても「加減をしながら」やるものですが、ミッキーはその「微妙なさじ加減」が苦手です。

まず物理的な力加減が苦手で、ボール投げなどの運動も下手だし、鬼ごっこでタッチするときもけっこうな痛さで叩いてしまいます(興奮するととくに)。

さらに、社会的なコミュニケーションのさじ加減は、自閉症スペクトラムの人にとって、もっとも苦手な分野です。「友達になりたいから」、「友達の消しゴムを取って逃げたり」してしまうのですが、それをやると友達から嫌がられるという想像が、できません。

一つずつ丁寧に「それはいけないこと」「それをやったら、友達になれない」と諭していきますが、応用が効かないので、本当に一対一で一個ずつ言わないといけない感じです。なかなか適正なコミュニケーションや、人との距離がはかれません。


ですが、夏休みに特別支援学校の夏期集中講座に参加して、
→(「夏期集中講座への参加」)

言語聴覚士の先生が講座で

「自己肯定感が低いと、わざと悪いことをして気を引こうとする」

と話しており、「なるほど」と思いました。なんか、思い当たることありまくりで。

例えば、家庭ではわざと悪いことをする場面というのは、そんなに多くないんですよ。療育先でも通い始めはやるんですが、1ヶ月もするとスッと落ち着きます。でも幼稚園では結局、2年間通っても問題行動が収まりませんでした。

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なぜあんなに、幼稚園では悪いことばかりするのか不思議でした。「手が届くところに危ないものを置かない」や「見通しがつくように伝え方を工夫する」などの環境調整をお願いしたり、「叱るとよけいに悪いことをする」「叱るときはわかりやすく簡潔に」などの対応を話し合ったり、通級先の先生が指導に来てくれたりと、いろいろ動きはしましたが、あまり効果はありませんでした。

とくに行事前になると幼稚園の門が見えた瞬間からスイッチが入ってしまい、「きゃー」と自分でも興奮が止められなくなり、走り回っていろいろやらかしてしまう、というパターンでした。どうすればそのスイッチを防げるのかわからず、通級先の先生や療育センターの先生ともいろいろ相談しましたが「様子を見よう」で、結局2年間過ぎてしまいました。

でも、小学校に入ったらスッと落ち着いたんですよ。卒園式ではほとんど中にいられなかったのに、入学式では1時間近く座っていました。別人です。時折ウロウロしますが授業も座って受けていますし、幼稚園では絶対にやらなかった合唱や合奏、ダンスの練習にも積極的に入っているそうです。

ミッキーなりに「1年生になったら」という決意があったのでしょうし、私も切り替えるならこのタイミングしかないと思い、「1年生はそんなことしないよ」と折にふれて言い聞かせもしました。

でも一番大きな原因は、「幼稚園で自己肯定感が育たなかった」せいなのだと思います。
幼稚園では「無理して入らなくてもいいですよ」という、優しい排除が日常でした。

小学校では、できるところは入るものだという前提ですべてが動きます。できるように特別に支援をする、それが特別支援教育だという考えが先生方の間に一貫しています。

根底に流れる意識だけで、子供にこれだけ差が出るということを、まざまざと見ました。


幼稚園では先生方の対応も、よくなかったな~と感じます。

なぜか、幼稚園は口頭の指示にこだわっていたし(就学後に困るでしょうと言われました)。絵カードやホワイトボードを、もっと使ってあげればよかったのにと心から思います。1年生の授業だって、先生はきちんと黒板に書いたり実物を見せたりして、視覚的にもわかりやすいように工夫されています。それが、普通です。

また、幼稚園ではミッキーがひっくり返した物は、危ないからと先生がすぐに片付けていました。ミッキーも一応お手伝いはしているのですが、ほとんどやっていなくてもいつの間にか片付いてしまいます。これも、何度か「自分でさせてください」と伝えましたが「無理でしょう」と返されました。

小学校では、自分がひっくり返した物は、何時間かかっても自分で後片付けしないと、次の活動にいけません。これ、非常に大切なことです。自宅でもそうしています。
1学期は何度もそれで、ミッキーは「図工やりたい!」と大泣きして、帰宅後も荒れて大変でしたが、2ヶ月ほどでひっくり返さなくなりました。付き合ってくださった先生には、本当に頭が下がります。

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「ひっくり返したらいけない」と毅然と伝えながらも、「がんばって片付けよう」と隣で励ましてくださいました。自分のやったことの結果をきちんと見せる、自分にできるやり方で責任を取らせる。全て自分でやり遂げたからこそ、理解したのだと思います。

当たり前のことを、丁寧に教えてあげる。

発達障害があろうとなかろうと、子供を育てるために必要なことです。自閉症スペクトラムでなかなか社会のルールが理解できないからこそ、より丁寧に教えてあげなければなりません。

そして、自己肯定感が育たなければ、問題行動は収まらない。口先だけの優しさではなく、もっと根底の部分で子供を信じる。それが伝われば、必ず子供は変わります。

何度言ってもわかってもらえずイライラしますが、徒労感に苛まれることも多いですが、それでも、愛を持って教えなければならないのだと、でなければ絶対に身につかないのだと、自戒をこめて。

夏期集中講座への参加

我が家の次男ミッキーは、自閉症スペクトラムとADHDの発達障害があり、小学校も特別支援学級へ通っています。支援級に在籍する生徒へ、特別支援学校から「夏期集中講座」のお誘いがあり、参加してきました。感覚統合訓練を中心とした3日間の講座で、特別支援学校の子供たちに混じって、地域の支援級の子供も参加することができるそうです。

年長の時に、一度見学に行ったことのある支援学校なのですが、ミッキーはまるで覚えておらず、初めて来た場所認定で、初日はかなり緊張していました。

→(「特別支援学校へ見学に行ってきました」)

見学の時にも感じたのですが、やはり支援校は設備面で本当に恵まれています。

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ミッキーの大好きな、感覚統合室は大きなトランポリンやボールプール、吊り下げ遊具が整備され、どの子供たちも大喜びで遊んでいました。

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朝の会や授業では教室に入れない子も、運動の時間になると飛んできます。みんな本当に楽しそうにやっていたので、3日間だけでしたが通わせてよかったです \(^o^)/

ミッキーも、順番が待てるかしらと心配していましたが、「危ないことをしたらできません」と言われたのをちゃんと覚えており、やりたい一心で我慢していました。こういう思いっきり身体を使った遊びを、もっともっとやらせてあげたいのだけれど、なかなか場所がありません。

ボーネルンドなど民間の遊び場は他の子供が多く、人混み嫌いのミッキーはイライラしちゃうし、小さい子にぶつからないか気が気でない。衝動性が強い子を思いっきり遊ばせる場所には、いつも悩みます。来ていた保護者の方とも、「こういう部屋が家に欲しい」「宝くじ、当たらないかな」なんて、話していました (^_^;)

そしてもちろん、プログラムもよく練られたすばらしいものでした。集中が続きにくい子供たちに配慮され、ひとつひとつの活動が15分か20分くらいで構成されていますし、静と動の活動をうまく組んで飽きさせないように工夫されています。「あいさつ」「うた」などきちんと予定が黒板に書いてあり、終わった部分は当たり前のように消していってくれる先生に、「これさえ教室でやってくれたら・・・」と思わずにいられません。

支援校に来ていたら、この授業が毎日受けられるのかと、去年悩みに悩んだ選択に、また心がぐらつきます。でもやっぱり、支援校で見ると、ミッキーの発達障害は軽いんですよね・・・。感覚統合訓練は非常に魅力的ではありますが、勉強面を考えると、やはり支援級が最も妥当だったか・・・。まあ、いまさら悩んでもしょうがないのだけれど。

ミッキーも時折うろうろしていましたが、先生が上手に手品や体操で気持ちを引きつけてくださったので、授業にも積極的に参加していました。緊張していた初日とはうらはらに、最終日は帰りたくないと泣く程です。3日といわず、1週間くらいやってほしかったですね。

初めての場所で緊張感もありましたが、ミッキーは思いっきり身体を動かすことができて楽しかったようです。暑い中、通うのは大変でしたが(三男ユウキを預かり保育に連れていき、長男ゲンキを児童館に送り出し・・・)来年もぜひ、参加したいと思います。

発達障害の子供が増えている原因

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発達障害の子供は、増えていると言われています。
発達障害で「通級指導」を受けている子供は9万人以上おり、この20年で約7倍になったというデータもあります。

その原因ははっきりしていませんが、一つは、社会が排他的になり、以前は障害ではなく個性としてとらえられていた子供たちが、生きにくさを抱えているため。

また、発達障害という言葉が一般に知られてきたおかげで、親や保育者が子供の気になる様子に気づきやすくなり、診断がつきやすくなったためと言われています。

でも、私はそれだけではなく、生活様式の変化も大きいのではないかと感じます。それは感覚統合訓練を受けることで飛躍的に伸びたミッキーを見ていて、療育を受けなかったらどうなっていたかと思うせいです。

→(「感覚統合ってなに?」)

最近の子供は体幹が弱いとよく言われます。それは外で遊ぶことが減った、ボール遊びをしなくなった、便利な機器が多く発明され、生活のための動きが減ったことなど、生活習慣の変化が大きな原因です。

ゲームが出てきて、子供が外で遊ばなくなった。本を読まなくなった。友達と遊ばなくなった。さらには自由に遊べる公園が減った、少子化で近所に子供がいない、子供を狙った犯罪などの安全上の問題など、数え上げればきりがないくらい、子供をめぐる環境は時代とともに変化しています。

幼稚園でも、「最近の子は蛇口のひねり方から教えないと、水も出せません。自動水栓のお家が増えてきて、水道の前で手を出して待っている子も多いんです」なんて、笑えない話を聞きます。昔は、日常的に様々な動作をしなければ、生きていけませんでした。トイレだって、洋式よりも和式のほうが足腰を使いますもんね。掃除でも、ほうきの使い方や雑巾の絞り方など、以前は家庭で身についていたことが、意識的に教えなければできない子供達が増えたのです。

地域や大家族で育った昔は、社会性が今よりも発達しやすかったはずです。例えば、食事中の会話でも、母子で一対一でしか喋ったことがない子供は、人の会話を聞く、自分の会話の番まで待つ、多くの会話の中から必要な声を聞き取るなど、双方向性のある会話のスキルが身につきにくいです。

一概に昔がよかったとは、言えませんよ。
昔は学校に行けない子供も多かったし、家の手伝いで遊ぶ暇もなかったかもしれないし、医療の進化のおかげで、お産でも病気でも死ぬ子供は劇的に減りました。

それでも児童精神科医の佐々木正美先生も著書で書いているように、子供の遊びや生活をめぐる環境は、時代とともに悪化していると言わざるとえないと思います。子供同士で生き生きと遊べない、そんな子供が大人になったら、やはり精神症を発症しやすくなると書かれています。遊びが減ったこと。生活が様変わりしたこと。これが、発達障害の子供が増えている一番大きな原因ではないかと思います。

私も子供の頃の思い出と言ったらとにかく、いたずらも含めて、友達と毎日暗くなるまで遊び歩いたことばかりです。ブランコも砂場もジャングルジムも木登りも、やりたい放題でした。怪我もたくさんしたけれど、友達と山のように遊んだ記憶が、今の自分の核にあります。

今の子供たちは、もうそんな遊び方ができなくなっています。

虐待やいじめ、不登校やひきこもり、子供をめぐる問題は複雑化深刻化し、どこかで抜本的に改革しなければいけないはずなのに、もう無理かもしれないとも、どこかで思います。

社会が病んでいる。
子育てをしていて、一度も感じない親はいないのではないでしょうか?

電車の中で子供が泣いたら・・・病院で子供が泣いたら・・・お店で子供がぐずったら・・・そんなシーンは子育てをしていれば日常的にありますが、その親子に対する冷たい視線や心無い対応は、増えているのが現実です。発達障害のある子供には、その数十倍の圧力がかかります。大人がそうなのですから、子供社会でも同じです。違う人、違う存在に対する排外的な感情が、社会にあふれかえっています。

次男ミッキーも些細なことで泣いたり暴れたりするので、公園ではすでに「違う子」認定されて、仲間に入れてもらえません。私も一緒に遊ぶことで、かろうじてその場にはいれますが、たぶんミッキーは楽しくないでしょうね。でも、なんとか、友達と遊ぶ楽しさを教えてあげたい。友達と群れて遊ぶ中から学ぶたくさんのことを、ミッキーにもどうか味わってほしい。切に願います。

発達障害の子供たちは、社会性が育ちにくい特性の上に、友達と関わる機会そのものが少ないため、伸ばすことができないというダブルの壁が立ちはだかります。本当なら発達障害がある子供こそ、友達とたくさん遊ぶ経験をさせなければいけないのだと思います。

さらには、眼の動きや身体の使い方、バランス感覚といった、学力や社会性に一見関係のなさそうな部分が、実はとても大きく生活全般に関わっていて、そこが弱い子供は遊び中心の子供社会でやっていけない=社会性が育たないのだと思います。私も療育先で教えてもらうまで、身体の発達と心の発達がそこまで密接に結びついているという意識がありませんでした。

昔は、グレーゾーンの子も友達と外で走り回って遊ぶうちに、体幹や眼の動き、身体の動き全般がバランスよく伸びていき、そのうちそれ以外も凹凸が気にならなくなるくらい周りに追いつくのに対して、今では、ついていけない子はいつまでもついていけずに差は広がるばかりで、ついに「障害」と認定されてしまうような、そんな気がします。

過敏だったり鈍かったり、どうしても他の子と感覚が違う子は昔からいたと思います。社会性や言葉が伸びにくい、身に付きにくい子の割合は、実はあまり変わらないのではないでしょうか。漫画家の水木しげるも4歳まで話せずに、知恵遅れだと思われていたと自伝で書いています。それでもそんな彼の個性を周囲は受け入れ、「ゲゲゲの鬼太郎」などの名作を生み出すことができました。

最近は逆に、自閉症やADHDなど、発達障害のことが広く知られてきたからこそ、小さい頃から特徴的な行動をしていないか、親も保育者も必死に確認してしまっているようにも感じます。ブログを書いていても、「言葉の遅れ」や「自閉症特徴」などのキーワードで検索して来られる方は多いし、きっと必死で子供のことを理解しよう、どうにかしてあげたいという気持ちからなのだと思います。
自閉症スペクトラムやADHD、LDなど、子供によって個性は千差万別ですが、共通する特性に対して正しい接し方を心がけることで、子供も周囲の大人もぐっと生きやすくなるのですから、専門的な療育やペアレントトレーニングを受けることは大切だと思います。なぜ他の子と同じようにできないのかを、叱って育てるのではなくて、理解して寄りそって育ててあげることで、その子の人生は豊かで幸せなものになるはずです。

でも本当なら、発達障害があろうとなかろうと、子供の個性は一人一人違うものだし、違っていいはずです。その違いを認められない方向に、社会が向いているような気がしてなりません。そんな現代の社会で自分らしく生きていくためには、「障害」という看板を背負わなくてはいけないのかと思ってしまいます。とくにグレーゾーンの子供たちは。

そして、これからもっと、発達障害と言われる子供は増えていくと思います。
スマートフォンが出始めて、そう感じます。

スマホの害は、私はとても大きいと思う。長男ゲンキを育てていた頃には、スマホはまだ一部の人しか使っていなかったのに、今ではみんなが持っています。お母さんもお父さんも、空き時間はずっとスマホをいじっています。みんながみんなそうではないけれど、そういう親が増えているのは事実です。便利だし、つい見てしまうんですよ。気持ちは、よくわかります。
LINEやSNSで、ママ友同士の結びつきは強くなったかもしれないし、集まって子供を遊ばせやすくなったかもしれませんが、子供がぐずったらすぐにスマホのゲームをやらせて、自分たちはおしゃべりに夢中で、子供の要求には気づきません。

そうして育った子供は、どんな子になるのだろうかと思います。

もっと幼少時に適切に関わっていれば、何とか育ったかもしれない子供たちが、これからどんどんグレーゾーンで診断を取りにくるのではないかと危惧します。そうしてそのうち、定型発達児と発達障害児の割合が逆転したりしてね。それはそれで、面白いかもしれません。私たちの当たり前が、根底から覆る日が来るのかもしれません。それはきっと、子供たちからの「逆襲」なのでしょう。



精神科医の佐々木正美先生の、おすすめ著書。子供を育てるすべての人へ、読んでほしい1冊です。

profile

筆者:nontan
男の子3人を育てています。
長男ゲンキ(2009年生)
こだわりの強いグレーゾーンBOY
+アトピー&卵アレルギー

次男ミッキー(2012年生)
ASD+ADHDのハイブリッドBOY
+ぜんそく&卵エビカニアレルギー

三男ユウキ(2015年生)
今のところ普通に見えるけれど…アレルギーなし

出産前は書店勤務&JPIC読書アドバイザーとして活動していました。子育てが一段落したら、読み聞かせ活動を再開したいです!
はじめての方は、こちらの記事をまずお読みください。

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