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子供の発達に不安を持っていても、相談→診断を受けることのハードルがあります。
どこに相談に行けばいいのかわからないという人もいれば、診断を受けることで障害がはっきりしてしまう・・・と認めたくない人まで、さまざまな事情や感情があるのではないでしょうか。

→(「療育手帳の取得にむけて」)

そこで診断を受けることの意味について、考えてみたいと思います。

我が家の次男ミッキーには、言葉の遅れがあります。それ以外にも多動や感覚過敏といった症状があり、乳幼児期から私は「ADHDかもしれない」と思っていました。しかし言葉に関しては、これまで全く喋らなかった子が3歳を過ぎていきなりべらべら喋り始めるとか、個人差が大きいとか、いろいろな話があるのであまり心配していませんでした。

手をひらひらさせたり逆さバイバイをしたり、オウム返しをしたりといった、自閉症児特有の行動がもし見られていたら、もっと不安になったと思います。が、ミッキーはそれがなかった。しいていえば、クレーン現象をしていた時期が少しあったかな~という程度で、自閉症を疑う症状は乳幼児期にありませんでした。

→(「クレーン現象ってなに?」)

それでも、3歳を前にしてやはり家で育てることの限界を感じ、市の家庭センターに相談に行きました。そしてそこでは、言葉の遅れを一番重視されたのです。多動に関しては、まだ小さいからこれから落ち着いていくかもしれないという感じで、今現在、一番困っているのは多動なんだよ!といくら訴えても、「様子を見ましょう」。でも言葉の遅れに関してはすごく心配されて、療育を勧められたのです。

ミッキーは5歳で、「自閉症スペクトラム」と診断されました。

我が家の長男ゲンキは、それこそこだわりの塊のような人で、言葉の遅れこそなかったものの幼少時から空気が読めない困ったくんでした。考え事をしていると呼ばれても気づかないし、ピョンピョン飛んだり、一人遊びもひたすらものを組み立てているだけでごっこ遊びはほとんどしないなど、ゲンキが自閉症だと言われたら私はすごく納得できます。

が、ゲンキは小学校も普通級でがんばっており、まだギリギリ個性の範囲内でおさまっている感じです。これから先、彼の特性がどう出て、友達や学校生活の中でどうなっていくのか未知数ではありますが、自閉的傾向ありというグレーゾーンのままでやっていけるかもしれないと思います。

反面、ADHDについて調べているとゲンキは不注意タイプじゃないかな・・・忘れ物失くし物が多い、目の前にあるものを見つけられない、注意力散漫、好きな物には異常に熱中する(過集中)、話を聞いていないなどが、学校生活にも影響を及ぼしています。まだ私が最終チェックすることで忘れ物失くし物はある程度防げていますが、それでも大きくなるにつれ親のチェックを嫌がりだしたら、どうなるかなと心配しています。

ゲンキが診断を受けるとしたら、おそらく「ADHD」または「ADD」がつくのではないかと思います。

難しいですよね。

実際に子供を見た感じでは、ミッキーがADHD。ゲンキが自閉症スペクトラムなんですが、障害名は真逆なんです。

それはつまり、診断や障害名は、実際の生活でのやっていけてなさについてつくからなのだと思います。大人になってからアスペルガー症候群だと診断されて、これまでの生きにくさがようやくわかったという人がいますが、要するに「会社でどうしてもうまくやっていけない」「転職をくり返している」という現実に対して、それは発達障害が原因ですよという診断がつくのであって、逆に同じ人でも別の職業でうまくはまってやっていけていたら、障害名はつかないということになります。

子供や周りの大人が困っていなければ、診断を受ける必要はないのでしょう。

でももし本人が困っているのであれば、診断を受けて適切な支援や療育を受けることで、ずっと生きやすい未来を用意してあげられます。とくに自閉症の子供には、確立された治療法は現在ありません。教育のみが、彼らの障害を和らげてくれます。そう考えると、グレーゾーンと言われるあいまいな子供たちこそ、診断をきちんと受けて自分の特性や苦手なことを知る必要があるのかもしれないと思います。

普通の人がなんとなくわかることが、発達障害が原因でよくわからない。
でも「どうしてできないの」「どうしてわからないの」と言われ続ける。

やっぱりできない。自分はダメな人間なんだと思い込んでしまう。→不登校やひきこもり、うつ病を発症する。これを二次障害といいます。

発達障害のある子どもを育てる上で、一番気を付けなければいけないのが自己肯定感を育てる&二次障害を防ぐことです。本人も周りも、なぜできないのか、どうすればできるようになるのかを知ることで、ずっと生きやすくなります。そのために、診断が必要になってくるのだと思います。

もっと手軽に気軽に発達に関して相談ができて、「障害」というはっきりした形でなくても、子供の苦手な部分とそれにどう関わっていけばいいのかが、わかりやすい社会になればいいですね (o^―^o)